衝撃インタビュー 「日本での諜報活動と驚くべき世論操作」=ジャーナリスト小笠原みどり
2016年6月8日
サンデー毎日
▼1カ月で「メール970億件」「電話1240億件」収集
▼官庁から企業まで大規模盗聴「ターゲット・トーキョー」
▼三沢(青森)~嘉手納(沖縄)日本に根を張る米国諜報網
▼日本の情報の盗聴源は大洋横断ケーブル
本誌は前号で、元NSA契約職員・エドワード・スノーデン氏(32)への日本初となる独占インタビューによって、米国による世界同時監視システムを暴いた。引き続き今回は、米NSAが民間通信会社を抱き込んで行う監視と世論操作の驚愕すべき実態を伝える。
米国家安全保障局(NSA)の元契約職員、エドワード・スノーデンが2013年6月、NSAの極秘監視網が世界中のインターネット、Eメール、電話の情 報を集めていると告発したとき、どれだけの日本人が自分のコミュニケーションものぞかれ、聞かれ、盗まれているかも、と感じただろうか? 確かに当初の連 続スクープに日本の具体例は登場しなかったし、NSAに協力していた米大手インターネット企業(グーグル、ヤフー、フェイスブック、スカイプ、アップル、 ユーチューブなど)の利用者が日本に何千万人いようと、日本の報道機関が当事者意識をもって追及することはなかった。しかし昨年、内部告発メディアのウィ キリークスは、NSAが日本の省庁、日本銀行、大手商社など計35回線を長期にわたって盗聴してきたと発表。NSAは日本の通信をどうやって傍受し、なん のために使ったのか? スノーデンに聞き、筆者が調べていくと、日米間の通信ケーブルが主要盗聴ポイントのひとつであることが明らかになった。通信会社を 引き込んだNSAの恐るべき監視手法と、監視にもとづく世論操作の実態を報告する。
ターゲット・トーキョー
「米政府が日本政府を盗聴していたというのは、だれにとってもショックな話でした。なぜなら日本は米国の言うことはほとんどなんでも聞いてくれる、信じら れないほど協力的な国だから。今では平和主義の憲法を書き換えてまで、世界で広がる戦闘に加わろうとしているでしょう? そこまでしてくれる、信頼できる 相手を、どうして入念にスパイするのか? まったくバカげています」
ウィキリークスが昨夏公表した「ターゲット・トーキョー」 大規模盗聴事件を、スノーデンはこう振り返った。
NSAは少なくとも第1次安倍内閣時から内閣府、経済産業省、財務省、日銀、同職員の自宅、三菱商事の天然ガス部門、三井物産の石油部門などの電話を盗 聴し、金融、貿易、エネルギー、環境問題について日本の通信を監視していた(15年8月段階での本誌の取材に対し、三菱商事は「事実関係を確認中」、三井 物産は「確認しようがない」と回答)。
07年の機密文書は、安倍首相の訪米にあたり、外務省は気候変動対策として「温室効果ガスを2050年までに半減させる」という提言は米政府に了承され そうもないので触れない方針だったが、結局事前通告することにした、と記す。これは首相官邸での安倍首相へのブリーフィング(説明)で決まった模様で、日 米関係に支障をきたさないか、懸念したらしい。
別の極秘文書では、米国産サクランボの輸入遅延が対米関係を損ねないよう、方策を検討する農林水産省職員の「恐れ」が細かに描写されている。米国の反応 を過剰に気にする、こんな心理に盗聴の価値があるのか疑問だが、米国が日本への優位を確認し続けたことは間違いない。しかもこれらの盗み聞きは「ファイ ブ・アイズ」と呼ばれるイギリス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダにも一部回覧されていた。
盗聴が発覚した際も、怒りを欠いた日本の反応は世界的に注目された。先に盗聴が発覚したドイツのメルケル首相はオバマ大統領に直接電話して「親しい友人 間にこんな盗聴はあってはならない」と即刻停止を求め、フランスのオランド大統領は緊急会議を招集、外務大臣は米大使を召喚して同大使館にあるとされる NSAの監視装置について説明を求めた。安倍首相は国会で「仮に事実であれば極めて遺憾」と述べたが、非難の度合いは欧州に程遠かった。1カ月近くたって オバマ大統領からの電話で「ウィキリークスの暴露によるトラブルは遺憾」というあいまいな「謝罪」を受け取った以降の日本政府は、盗聴事件などなかったか のように沈黙している。
「どうして日本政府は公に抗議しないのか?」とスノーデンは疑問をぶつける。「もし抗議しないのなら、それは自ら進んで不適切な扱いを受け入れているのと同じことです。自分で自分に敬意を払わないで、どうしてだれかに敬意を払ってくれるよう頼めますか?」
だから日本人は盗聴しても構わないし、むしろ穏便に盗聴されたがっている、とNSAは理解しているのかもしれない。
諜報は米軍基地の主要任務
東京都内を中心に35カ所もの盗聴は、どうやって可能になったのだろうか。
オーストラリアの安全保障研究者、デズモンド・ボールとリチャード・タンターによれば、米国の信号諜報(ちようほう) (SI(シ)GI(ギ)N(ン)T(ト))活動には現在、米海軍横須賀基地(神奈川県)、米空軍三沢基地(青森県)、同横田基地と米大使館(東京都)、米 海兵隊キャンプ・ハンセンと米空軍嘉手納基地(沖縄県)の計6カ所を主要拠点に、約1000人が当たっている。在日諜報活動は冷戦期に約100カ所にまで 膨れ上がったが、現在はインターネットとコンピューターの監視が最重要項目になっているという。米軍基地は戦争の遂行だけでなく、監視・盗聴を主要な任務 に位置づけているのだ。
「三沢には僕も行きました。巨大なゴルフボールのような、たくさんの衛星受信機が設置されていますね。あれらで他国を諜報する建前ですが、日本も盗聴できる」
スノーデンの13年の告発は、NSAの技術者が三沢の監視能力について自画自賛した機密文書を含む。
「三沢安全保障作戦センターは衛星で感知した瞬間に信号を自動的にスキャン・復調する機能を開発。我々の計画は『コレクト・イット・オール(すべてを収集 する)』というスローガンにまた一歩近づき、今後もさらなる進歩が期待される」(グレン・グリーンウォルド著『暴露』・新潮社より)
さらに米大使館(東京・赤坂)は国会、首相官邸、各省庁に近く、NSAの特殊収集部隊が配置されているといわれる。米中央情報局(CIA)が代々手がけ てきたような盗聴器やスパイを使う手法はリスクも高く、電子情報を大量窃取する手法へと、9・11以降の監視は移り変わっている。日米間の場合、最も情報 を盗みやすいのは国際ケーブルを使った通信、例えば外務省から米ワシントンの日本大使館へ、東京の本社から米国内の支社へ電話するような場合だと、スノー デンはみる。
「通信が暗号化されていなければそのまま会話が聞けるし、暗号化されていれば解読キーを扱う機関に金を払ってキーを盗む。電話番号を打ち込むだけで、会話を楽に盗聴できる仕組みがあるのです」
通信インフラに侵入して情報を盗み出す「特殊情報源工作(SSO)」である。
すべての情報のコピーがNSAに流れ込む
スノーデンはこのSSOこそが「今日のスパイ活動の大半であり、問題の本当の核心」と言う。
SSOは主に、太洋横断通信ケーブルの上陸地点に設備をつくり、ケーブルからNSAのデータベースへと情報を転送する。これにはケーブルを管理する民間 通信会社の協力が不可欠だ。NSAの内部文書は世界中で80社以上と「戦略的パートナーシップ」を築いたと誇る。提携相手によって「BLARNEY(ブ ラーニー)」「FAIRVIEW(フェアヴュー)」など異なるコード名をつけたプログラムが世界中に張り巡らされている。
この仕組みはある意味で、大手インターネット会社のNSAへの協力を暴いて、13年に世界中の怒りを買ったプログラム「PRISM(プリズム)」以上に問題がある、とスノーデンは考える。
「プリズムは、政府がグーグルやフェイスブックなどの各社に利用者のアカウントを特定して情報提供を求め、各社が情報を抜き出して政府にコピーを送りま す。が、ケーブルに侵入する場合はいったん情報転送の仕組みができれば、通信会社はそれ以上なにもする必要はない。その回線を流れるすべての情報の完璧な コピーが、常時NSAに流れ込んでくるのです」
こうしてSSOを主体にNSAが世界中で集めた情報は、13年のある1カ月間だけでもメール970億件以上、電話1240億件以上と集計されている。日 本国内で送受信されたメールであっても、大手インターネット会社のある米国内の回線、サーバーを通過する場合は多い。
オレゴン州に盗聴設備
では日本の情報は実際にどこで盗まれているのか? 米紙『ニューヨーク・タイムズ』は昨夏、「FAIRVIEW」の構築には大手通信会社AT&Tが、 「STORMBREW(ストームブリュー)」にはやはり大手のベライゾンが、積極的に手助けしたと報じた。このうちSTORMBREWの侵入地点は米両沿 岸に七つあることが、スノーデンの持ち出した最高機密文書で明らかになっている。しかしNSAが「チョーク(窒息)ポイント」と呼ぶ、これらの地点にはす べてコード名が付され、実際の場所や提携会社名は明かされていない。
が、この記事の根拠となった文書の一枚に、米国とアジア太平洋地域を結ぶ国際海底ケーブルのひとつ「トランス・パシフィック・エクスプレス」が、 STORMBREWのルートとして登場する=図1。この光ファイバー・ケーブルはベライゾンのほか、中国、台湾、韓国の5社が06年に共同建設に合意。 08年春にAT&Tと日本のNTTコミュニケーションズも参加して、同年秋に完成した。各国のケーブル上陸地点に陸揚げ局があり、NTTは千葉県南房総市 に新丸山局を設置。米側はケーブルがオレゴン州北部のネドンナ・ビーチに上陸、内陸側のヒルズボロにベライゾンが陸揚げ局を置いたことが判明した。これが 窒息ポイント「BRECKENRIDGE(ブレッケンリッジ)」と位置的に重なる。つまりアジア4地域から入る膨大なインターネット、電話情報の一部が、 オレゴンでNSAに押さえられているらしいことがわかった。
同記事は、11年の東日本大震災で海底ケーブルが損傷し、FAIRVIEWの情報収集が約5カ月滞ったが復旧した、と告げる文書も公表。複数の通信会社 と提携した、複数の地点で、日本の通信は日夜NSAに「窒息」させられている。文字通り「コレクト・イット・オール」に近づくために。
企業はNSAの目的を知っているか?
企業が政府に協力する典型的な過程をスノーデンはこう語った。
「多くの場合、最大手の通信会社が最も密接に政府に協力しています。それがその社が最大手に成長した理由であり、法的な規制を回避して許認可を得る手段で もあるわけです。つまり通信領域や事業を拡大したい企業側に経済的インセンティブがはたらく。BRECKENRIDGEのような陸揚げ局を設置する場合、 NSAは建物内の一室を貸してくれるなら支払おう、その代わりその部屋へケーブルを引き込んで、あなた方の設備から全情報のコピーが来るようにしてほし い、と持ちかける。企業がNSAの目的を知らないはずはありません」
では、日本の通信会社も海底ケーブルが盗聴に使われていることを知り、NSAに協力しているのだろうか?
「日本の通信会社が直接米政府に協力している例は、聞いたことがありません。けれどもし、日本の企業が日本の諜報機関に協力していないとしたら驚きです ね。というのは、世界中の諜報機関は同手法で得た情報を他国と交換する。まるで野球カードのように。手法は年々攻撃的になり、最初はテロ防止に限定されて いたはずの目的も拡大している。交換されているのは、実は人々のいのちなのです」
「僕が日本で得た印象は、米政府は日本政府にこうしたトレードに参加するよう圧力をかけていたし、日本の諜報機関も参加したがっていた。が、慎重だった。 法律の縛りがあったからではないでしょうか? その後、日本の監視法制が拡大していることを、僕は本気で心配しています」
前回指摘したように、特定秘密保護法、今国会での通信傍受(盗聴)法改定案成立と、日本の監視システムは法的追認の一途をたどっている。
世論と社会心理の操作
ターゲット・トーキョーは米監視システムが、NSA高官が強調するような「米市民の安全」と無関係な目的で使われていることを暴いた。標的にされている のは政府や企業だけではない。報道機関、ジャーナリスト、そして市民の抗議、請願、署名、調査といった民主主義に不可欠な政治行動も狙われている。NSA と深い協力関係にあるイギリスの諜報機関GCHQが、世界的な人権擁護団体アムネスティ・インターナショナルを違法にスパイしていたことを昨年、英裁判所 は認定した。
スノーデンはインタビュー画面を切り替え、ある機密文書を筆者に示した。そこにはGCHQが検討した、驚くべき世論操作の手法が示されていた。社会的に 影響力をもつ個人や組織の信用を失墜させるために、ネット上で偽の情報を流す、写真を差し替える、同僚や友人にメールを送る、「被害者」を登場させる―。 さらに市民団体やNGOを弱体化させる方法を、精神分析、社会心理の専門家たちが研究している=図2。これらの文書はNSAを含むファイブ・アイズにも共 有されている。
「ネット上の世論調査、投票、評判、会話の操作にも知恵を絞っている。これは犯罪捜査やテロ対策とはなんの関係もない、権力の乱用です。乱用がルーティン化している。しかし乱用は秘密に守られ、けっして表には出ない……」
スノーデンが日本にいたのは、鳩山由紀夫元首相が沖縄の米軍基地移設問題で「最低でも県外」という公約を果たせず、民主党政権が急速に衰えていった時期 でもある。沖縄以外の日本のメディアは「日米同盟最優先」を合言葉に、米国の求める辺野古移設案をこぞって支持した。沖縄では現在も新基地建設反対の運動 が続き、抗議する市民の逮捕や、関係する米軍監視カメラの映像がネット上に流出した。こうした一連の動きも、米政府の情報収集と世論操作の対象になったの だろうか?
「まさに最優先項目でしょうね。でなければ、沖縄にある多くの基地はなにをしていると思いますか? あれらはお飾りじゃない、巨大な監視能力を備えています」
(文中敬称略・以下次号)
(ジャーナリスト・小笠原みどり)
「日米同盟の正体を暴く」/3 スノーデン・独占インタビュー プライバシーこそ権利の源だ=小笠原みどり
2016年6月15日
サンデー毎日
▼オバマ大統領の苦しい釈明「米国人以外は盗聴」
▼無差別盗聴は「テロ対策に全く役立たなかった」
▼米裁判所がNSAの通話記録収集に違法判断
▼反監視の世界潮流に逆行し、監視進む日本
米国の世界同時監視システムの告発者、エドワード・スノーデン氏(32)への日本初・独占インタビューを掲載して話題沸騰の本連載。今回は告発後3年間、スノーデン氏がインターネットを通じて行ってきた監視社会への弾劾と、NSAの情報支配への批判の潮流を明らかにし、特定秘密保護法、マイナンバー導入と深化する一方の日本の監視体制に斬り込む。
米国家安全保障局(NSA)が世界中のインターネット、電話回線に張り巡らせた監視システムの数々を暴き、世界を瞠目(どうもく)させたスノーデンは、もうすぐロシアでの亡命生活3年を迎えようとしている。モスクワ暮らしは「地獄ではない」というが、移動の自由はない。しかし、これまでのどんな内部告発者とも違って、スノーデンはインターネットを通じて世界各地の講演会場に登場し、ジャーナリストの質問にも応じている。NSAの上級サイバー工作員として身につけた知識を武器に、2013年以降も彼は告発を続け、その発言に直接耳を傾ける人々は増え続けている。
「人々はプライバシーをどうでもいい問題とは思っていないし、監視への集団的な意識は確実に変わった」と彼は言う。日本ではこれまでこうした動きは報道されず、日本人はこの変化の蚊帳の外に置かれていた。特定秘密保護法の制定、共通番号(マイナンバー)制度の実施、盗聴捜査の拡大―その間に多くの監視システムがつくられていった。私たちはこれからも、日常を埋めていく国家の監視の前にただ沈黙を深めるだけなのだろうか。
「どんな明日を生きたいと思うのか、考えるときです」とスノーデンは語りかける。
会場に押しかける聴衆
昨年11月、カナダ東部・オンタリオ湖畔に建つクイーンズ大学の石造りのホール前には、学生団体が主催する集会の1時間前から長蛇の列ができていた。「スノーデンの告発以降の監視を考える」と題した会の基調講演は、スノーデン自身。
夕暮れていくキャンパスに、わらわらと学生が現れては列を延ばしていく。まるでロックバンドのコンサート前のように。1000席あるホールには聴衆が入りきれず、何百人かが引き返した。講演はネットで同時中継され、別の1000人がこれに見入った。
会場のステージに設置されたスクリーンに講演者が登場するや歓声が起こり、2階席まで充満した熱気はさらに高まる。司会者に「パレーシア(ギリシャ語で、危険を冒してでも真実を語る者の意)」と紹介された彼は話しだす。
「大衆監視システムを扱う人々は法律を破ってもなんの責任にも問われない。一方、市民の側は権力に日々見張られ、ますます干渉される。監視は民主主義の根幹にかかわる問題です」
「NSAシステムの原罪は、NSAに権限を与えたブッシュ政権にあるかもしれない。けれどこのシステムが一歩ずつ拡大し、攻撃的になり、権利を侵害するようになっていったのは組織の事なかれ主義のためです。組織の一人ひとりが保身のために目の前の不正に目をつぶり、監視の増長を承認し、それに慣れていった」
「僕は一介の市民、エンジニアにすぎません。皆さんにどうするべきか指示するつもりはない。ただ皆さんに監視の実態を知らせたかったし、こんな社会に生きたいのか、考える機会を提供したかった」
彼が告発の意味を語るたびに、会場は万雷の拍手で応える。北米のメディアで政府、報道関係者に繰り返し「国家の裏切り者」とののしられた政治亡命者に、これだけの関心と支持と感謝が寄せられているとは、筆者は予想していなかった。
プライバシーとは何か?
「最近の僕は、考えること、それから話すことにもっぱら時間を割いています」。インタビュー画面のスノーデンは近況をそう説明した。
スノーデンの弁護士で、米国自由人権協会(ACLU)のベン・ワイズナーによれば、彼はこれまでにドイツ、フランス、イギリス、ベルギー、イタリア、オランダ、スイス、ポーランド、エストニア、ノルウェー、スウェーデン、ニュージーランド、オーストラリア、韓国、エクアドルなど、世界17カ国以上で講演し、6月4日に初めて日本にも登場した。
最近はほぼ週2回の割合で話し、このうち最も回数が多いのは米国内のようだ。ハーバードやプリンストン、シカゴといった有名大学から、ニューヨークの音楽学校、エンジニアの会議まで、招待は引きも切らない。カナダにも頻繁に現れ、西海岸のバンクーバーで4月、2700人を前に「パナマ文書は内部告発者の必要性を示した。変化は待っているだけでは起きない」と発言したばかりだ。
彼自身が告発時に20代だったこともあってか、聴衆には若者が多い。自由と民主主義のツールといわれたインターネットが、監視の要塞(ようさい)に成り果てたことは、ネットとソーシャルメディアを空気のように感じて育った世代にこそ衝撃だったのかもしれない。
「みんな、なにが起きているのか知りたがっている」
その言葉からは、告発者となって以降の思索のあとがよくうかがえる。
「政府はよく監視について『隠すことがないなら恐れることはないだろう』と繰り返します。けれどプライバシーはなにかを隠すためではなく、守るためにある。それは個です。プライバシーは実は、個人の権利の源です。プライバシーがなければ、言いたいことを言い、あるがままの自分でいることはできない。それは全人格を集団に吸収されることです。どこかで読んだことを言い、友だちの考えたことを繰り返すだけなら、オウムと一緒です。プライバシーがなくても構わないと主張する人は、表現の自由なんかなくても構わないと主張しているのと同じです。自分には言うことがなにもない、と」
米国人以外の監視は制限なし
告発の初期、報道の中心は米政府が米市民の通信情報を大量に収集しているという点だった。というのは、NSAが犯罪被疑者ではなく、一般市民を監視・盗聴しているという疑惑はそれまでにも米国内で浮上していたが、ジェームズ・クラッパー国家情報長官は13年3月、連邦議会でこの疑いを否定していた。一方、米メディアの代表格『ニューヨーク・タイムズ』紙は04年、NSAの捜査令状なしの違法な盗聴を報じようとしたが、ホワイトハウスから「テロリストを手助けするのか」と脅され、掲載を1年以上も見送っていた。
こうしたいきさつを熟知していたスノーデンは、監視問題に詳しく、大組織から独立した立場にある2人の米国人ジャーナリストに、動かぬ証拠の機密文書を香港で明かした。
英紙『ガーディアン』のコラムニスト、グレン・グリーンウォルドと、映画監督でもあるローラ・ポイトラスだ(この経緯はグリーンウォルド著『暴露』=新潮社=と、昨年の米アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞しながら、今月ようやく日本で公開が始まったポイトラス作品『シチズンフォー』に詳しい)。爆弾スクープは米国を直撃し、オバマ大統領は「米市民であればNSAが電話を盗聴することはありえない」と苦しい嘘(うそ)を繰り返した。
しかしこれは、世界に向かって「米国人以外は堂々と盗聴する」と宣言したに等しかった。NSAの違法盗聴はもともと、9・11直後にブッシュ政権がテロ対策としてNSAに国内通話の記録を収集する権限を秘密裏に与えたことに端を発し、のちに「愛国者法」を後ろ盾に強化された。
08年に改定された外国諜報(ちようほう)活動監視法は「米市民」と「それ以外」を区分し、米市民の通話やメールを入手するには外国諜報活動監視裁判所から令状をとる必要があるが、「それ以外」への盗聴は令状を不要とした。「それ以外」とはもちろん日本人を含む、世界中の人々である。容疑事実があろうとなかろうと、米国一国が世界中の人々の電話、メール、チャット、ネットの検索履歴を自由に傍受できる法制度が誕生していたのである。
スノーデンの暴露は米国の問題にとどまらなかった。世界中の政府、市民が初めてNSAの監視の実態を知った。オバマ大統領が、米市民は特別に守られていると強調する度に、世界は「米市民以下」だということを念押しされた。
NSAに違法の判断
世界中で巻き起こった反発の結果、「広範な領域で変化が始まっています」とスノーデンは説明し始めた。
まず、オバマ大統領自身の検証グループは13年12月、NSAは米市民の電話、メールの収集を中止し、友好国のリーダーを盗聴するのは露呈した際の外交、経済上の影響を考慮して厳密に精査すべきだと発表した。
翌月、大統領と上院によって選出されたプライバシーと市民的自由に関する監督委員会(PCLOB)も、NSAによる通話収集は違法であり、終了すべきとの見解を示した。
両報告に挟まれるかたちで、同大統領は14年1月に「米政府は今後、米国内の全通話のデータベースは保持しない」と演説。さらに「NSAは今後、友好国のトップや政府をスパイしないし、盗聴された外国市民に対しても保護を与えるだろう」と表明した。
が、両報告の真骨頂は、ともにNSAの大衆監視がテロ防止に役立ってはいない、と結論した点だった。
PCLOBは「盗聴プログラムが対テロ捜査の成果に具体的に役立ったケースは一件もなかった」「さらに、新たなテロ計画の発見やテロ攻撃の阻止に直接役立ったケースも発見できなかった」と発表した。
米控訴裁判所は昨年5月、NSAの通話記録収集は違法であるという初の判断を下した。翌月、「愛国者法」の失効に伴って成立した「自由法」は、NSAによって過去14年間続けられた国内通話記録の無差別収集に終止符を打ち、記録は電話会社が保管し、政府の個別要求に対して提供する方式に改められた。
「もちろん、これらは改革として十分ではありません。ほんの最初の一歩でしかない。けれど大統領は初めて外国人のプライバシー保護に触れ、司法もそれまで『証拠がない』としていた姿勢を180度変えて、NSAに違法の判断を下した。そして米国で初めて、諜報機関の特権に制約を与える法律ができた。これらはすべて13年以降のジャーナリストたちの仕事の成果なのです」
取り残される日本
彼の言葉通り、規制は膨大なNSA監視システムのほんの一部に対してであり、「見せかけにすぎない」という厳しい批判がある。また、自由法の制定過程では「この国を日々守るための道具をまた一つ失う」「国を守り続けるのに必要な重要な道具はすべて残ったままだ」といった論議が繰り返された。この政治家たちは、テロは無差別監視では防げないという報告を耳に入れず、まして米国以外の自由など眼中にない。
しかし、それに世界が黙っていたわけではない。
ドイツとブラジルは、オンライン上のプライバシーを基本的人権とする決議を国連総会に共同提案し、13年末に全会一致で採択された。国連「反テロと人権」特別報告者は翌年10月、電子的な大量監視は複数の国際条約によって保障されたプライバシーの権利に明確に違反すると発表した。
米国も批准している「市民的及び政治的権利に関する国際規約」は、個人が国の干渉なしに情報や考えを共有する権利を持ち、通信が意図した相手だけに届くことを保障している。「大衆監視技術を使用する国家は、情報をその影響も含めて独占し、真の情報に基づく議論を阻害する検閲を実行しているに等しい」と報告は述べる。つまりNSAの監視は米市民だけでなく、世界に対して違法であり、国家は自国民だけでなく「それ以外」の人々にも等しくプライバシーを保障する義務があることを、国際法は定めているのだ。
「最大の変化は、監視に対する一人ひとりの意識だと思います」とスノーデンは言う。「なぜなら私たちは少なくとも、政府が手にしている強大な権限の実態をもう知ったから。これが私たちの望む方向なのかを考え、選挙で示すことができる」
こうした世界の動きを伝えるニュースが遮断されたまま、日本では政府の内部告発者を厳罰に処する特定秘密保護法ができ、国民一人ひとりの情報を多分野にわたって収集する共通番号(マイナンバー)制度が始動し、盗聴捜査を大幅に拡大する法案が成立した。その間に日本が「世界報道の自由度ランキング」72位へと急落したのは偶然ではないだろう。
「単に自由なだけではなく、反対できる力が報道には必要なのです。政府だけではない、企業にも対抗できる力です」
(文中敬称略・以下次号)
(ジャーナリスト・小笠原みどり)
■筆者略歴
小笠原みどり
朝日新聞記者を経て、2004年、米スタンフォード大でフルブライト・ジャーナリスト研修。現在、カナダ・クイーンズ大学大学院博士課程在籍。監視社会 批判を続ける。共著に『共通番号制(マイナンバー)なんていらない!』(航思社)、共訳に『監視スタディーズ』(岩波書店)。
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