本当にワルイのは警察
~国家権力の知られざる裏の顔~ 寺澤有〈以下、抜粋。実名は伏せ字。知りたい方は本書を購入願います〉
毎日新聞の超スクープ
松橋氏の単行本は、警視監という本来ありえない立場からの告発だったにもかかわらず、不発に終わった。その大きな理由は証拠がないことだった。だが、その松橋氏が亡くなる半年前ほど前の1998年5月9日に「証拠」つきのものすごいスクープ記事が毎日新聞の1面を飾った。
「熊本県警 捜査費使い裏金づくり」
「元幹部証言『組織ぐるみ』」
記事を要約すると、次のようになる。
《熊本県警(得能英夫本部長)でカラ出張や捜査費の流用による組織的な裏金づくりが行われていた、と同県警の元幹部が8日までに毎日新聞に証言した。裏金は運営費や交際費に充てていたといい、元幹部は金の出納を記録した裏帳簿も保管している。元幹部によると、カラ出張による裏金づくりは、会計担当者が出張者、出張先、任務を記した虚偽の旅行命令簿などを作成し、出張したようにして旅費や宿泊費の支払いを受けていた。捜査費について、元幹部は「捜査上の秘密を理由に(予算支出の際)領収書が必要なかったので自由に裏金に回すことができた」という。こうした手口で作った裏金は、ある署では年間600万円以上に上る》
自分が管理していた裏帳簿を持っているというのだから、これは決定的な証拠になるわけで、本当に驚くべきことだった。通常、裏帳簿は焼却されることになっており、私もなかなか手に入れられないでいた。当時、松橋氏から電話があり、「裏帳簿を保管していた人がいたんですねえ」という感嘆の声を聞いた。
毎日新聞の記事を読むと、「あなたが署長のとき、裏金を使ったのか」という記者の質問に対して、元幹部は「そうだ。約3000万円になるのではないか。返済を求められれば返すつもりだ」と答えており、相当な覚悟をしたうえでの証言と考えられた。
数日後、私は熊本を訪れ、毎日新聞に証言した県警元幹部・○○○○氏(63歳)に話を聞いた。○○氏は1992年8月27日付で退職。最終ポストは「熊本県警本部警務部理事官兼厚生課長」だった。
まず私は○○氏が裏帳簿を暴露するまでの経緯を聞いた。
「約20年前、日吉署の副署長になったとき、裏帳簿の存在を知った。警察署では副署長、県警本部では各課の次席が裏帳簿を管理する。当時から『いつか裏帳簿を公表してやろう』と思っていた。税金をポケットマネーにすることがおかしい。実際に裏金を年種する作業は警察官以外の一般職員が行う。彼らには何の利益もなく嫌な思いをするだけで、本当にかわいそうだ。ただ、署長や県警本部の課長でなければ手に入らない資料もある。証拠を収集するため頑張って出世した。警察を辞めてから裏帳簿を公表する時期を見ていた。自分の再就職や子供の結婚などの事情も考慮した」
私が「○○さんの話はスパイ小説みたいで信じられない」と疑問を呈すると、「信じられないなら信じなくてもいい。だが、事実、私は20年前からの裏帳簿を持っている」と答えた。
20年も前から裏金の告発の準備をしてきたというのだから、その思いは相当なものだ。それほどの正義感があるのなら、在職中に裏金をなくしたり、内部告発することはできなかったのだろうか。佐伯氏は強く首を振りながら反論した。
「裏金をなくそうとしたり、それに手をつけなければ、『アイツはおかしい』とマークされる。そうなると重要な証拠を入手できる地位につけない。匿名で内部告発しても、すぐに誰の仕業かわかる。警察を甘く見てはいけない」
私は意地悪く、再就職に関することも質問した。警察の世話で天下りしていれば、裏金の告発は難しい。
「損害保険会社に『顧問』の肩書きで再就職した。しかし、『顧問』とは名ばかりで『営業』もやらされた。『警察署へ行って契約を取ってこい』と言われても、そんなコネが通用する時代ではない。結局、5年間の約束のところを1年半で辞表を出した。その後、裏帳簿の公表を考えて、就職はしなかった。持ち家なので、年金で暮らしていける」
このような男なら一般企業に再就職し、企業内部の機密や不祥事情報を不正に入手し、その後の世渡りに利用する。これが警官OBにとっては自然な行動かもしれない。
裏帳簿は「門外不出」のはずである。その管理は警察幹部に一任され、秘密の保持がはかられている。逆にいえば警察幹部自身の行動は誰もチェックできない。
「署長が交代するとき、裏帳簿を金庫番の副所長から取り上げ、廃棄することになっている。裏金の使途は後任者にわからず、残高だけが引き継がれる。署長を辞める直前、裏帳簿から多額の現金を引き出す者もいると聞く。裏帳簿を管理する立場になれば、こっそり持ち出したり、コピーすることも可能だ。私以外に裏帳簿を保管している者がいるかも知れない」
(略)
私は再度、意地悪く、○○氏に質問した。
「裏金づくりは犯罪です。刑事責任を問われますよ」
しかし、○○氏は笑いながら答えた。
「私だけ刑事責任を問われることはない。警察全体で行っていることだから」
毎日新聞の大スクープの2日後、得能英夫・熊本県警本部長は、「会計経理については各所属とも適正に処理している。従って、現在はもとより過去においても報道されているような不正経理はないと確信している」というコメントを発表した。裏帳簿を前にして奇妙な自信に見えた。
しかし、得能本部長は自信過剰だったわけではない。その後、毎日新聞を含めて、熱心に追求を続けるマスコミはなく、熊本県警の裏金問題は、やがて人々の記憶から薄れていった。詳しくは第10章で述べるが、警察と大手マスコミの癒着は相当根深い。
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